彼らが今生の籍を置く世界には“異能” という不可思議な能力がある。
まだ詳細までは解析が追い着いておらず、
土地によっては悪魔だの化け物だのが憑いただのとさげすまれたり疎まれたりもし、
何より当事者でさえ気づかぬうちに発動しており大騒ぎに発展するケースも多数。
また、悉知しているクチはクチで、
混乱の中にある素人の幼子を言いくるめ、自分の手札に取り込もうとしもして、
その筋でだけ知られているよな、まだまだ絶賛“都市伝説”期というところ。
それでも、人知を超えた力が起こす騒ぎはただものではなく、
現今の政府や内閣、行政が認可してないからとはいえ、捨て置くわけにもいかぬ。
それでと秘密裏に存在するのが内務省麾下の異能特務課で。
各国の同位組織と連絡を密にし情報を交換し合い、
国内の異能がらみの事件案件への対処を一手に請け負い、
公表出来ぬあれやこれやの辻褄合わせに奔走しており。
気の毒ながら凄惨な結末となった事案への対処であれ殊更厳しく処遇する側の係官らも
実は実は複数日完徹なんて常套という気の毒さ。
それもあっての省庁一のブラックな機関だとか。
そんな所管の責任者らしいダークスーツ姿の女性職員の、
疲弊しきってだろう浮かない顔をついと指差し、
「安吾ってば いつ会っても目の下に隈ぶら下げてるものねぇ。」
伸びやかな声が斟酌なしに言い張れば、
やや平板な声がそれでも律儀に言い返す。
「案じてくださるなら、もうちょっと穏便に片づけてくれませんかね。」
「何言ってるの、私たちだからこれで済んでいるのだよ?」
たった今終止符が打たれたダイナミックな処遇へと、
褒めてほしいくらいなのにと言いたげに肩をすくめて見せたのは
随分と背の高いすらりとした肢体の女性で。
まとまりのない癖のある深色の髪を背まで伸ばしており、
そこだけを見れば身を構わない人のようにも見えなくないが、さにあらん。
目鼻立ちの端麗さはモデルか女優かと見惚れるほどで、
ただ整っているというだけじゃあなく、
瞬きのたび ぱちりと音がしそうな
長い睫毛に縁どられた双眸は知性に冴えた意志の映り込む瑞々しさが顕著だし、
表情豊かな口許は、意味深なまま薄く開いて微笑をたたえれば煽情的で罪作り。
だのに、そのまま黙ってしまうと 寂しそうな翳りをまとっての深い余情が匂い立ち、
そんな風情ある女傑の媚にあてられて、
これまでどれほどの猛者たちがあっさり引っ掛けられての たぶらかされてきたことか。
女性としての武器が優れているのみならず、智謀にも長けている女人でもあり、
異能の持ち合わせもあるものの、
どちらかと言うと…その身一つの口八丁や しっかと仕込んであった策謀により、
様々な難物を数多蹴たぐって来たイマドキの怪物策士。
確かに、嘆息気味な事務官殿への報告をしている案件、
危険な級の異能力者確保となった現場の惨状も結構すさまじく。
雑居ビル1基全壊、半径500m周辺の生活道路半壊とあって
復旧には数カ月ほどかかるかも知れずで。
ゴジラほどではないながら、象かサイでも暴れたかという惨状の中、
瓦礫の真ん中で白いシャツと短パンにサスペンダという軽快ないでたちの少女が、
やや散切りな銀髪をふるるんと振り払い、砂埃で汚れたお顔を振り上げる。
ひと運動しましたといった風情にて、
やおら屈みこんで何かを引っ掴み、そのままよいせと引き上げんとしている彼女であり。
「太宰さ〜ん。この人、相棒さんのこと心配してますが。」
「ああ大丈夫だよ。もうじき、ああほら来た来た。」
すっかり傷心しての気力も萎えた、この騒ぎの容疑者らしい青年を、
ほらほらと立ち上がらせんと引っ張ってたらしい虎の少女へ、
あっちあっちと砂色外套の女傑が視線を投げて示して見せれば、
雑居ビルが傾いてしまって塞がれた道の側から、倒れ込んでたコンクリの筐体を粉砕した何かがあって。
現場検証のために居合わせた捜査員らが何だ何だとぎょっとしたものの、
「ったく人使い荒いぞ、教授眼鏡。」
何やらクレーンででも用いているのかと思った様相、
頭上という位置へまで高々と鎌首もたげた黒い異能により、
搦めとった賊を引っ張って来たらしい顔ぶれが新たに合流して来た模様。
事情は通じているせいか、唐突な出來には驚いた顔ぶれも そそくさと元の作業へ戻っており。
関わるとおっかない相手だというのが3割ほど、
そんな場合じゃあない、
規制が解かれて住民が戻ってくるまでに
ガス爆発だったと誤魔化せるよう体裁を整える必要もあっての
迅速な処理優先のためが7割以上という事情のためで。
というのも、この案件、
太宰や敦が出張っているくらいで異能者関わりな事件だったため、
正確な真相が、なのに広く公言出来ないややこしさ。
ゆえに、
「ウチが一味を隠匿してないかの証明をしろだなんて ややこしいこと言ってきやがったが、
ホントのところは取っ捕まえる手勢欲しやでの因縁付けじゃねぇか。」
伝法な口利きをしたのは、だが、匂い立つような鮮烈な美貌の女性であり。
小柄だが引き締まった肢体は姿勢も良くて、鋼か、いやいや ようようしなる錬鉄のような強かさ。
それはシックな黒衣の正装、
黒いポーラーハットに外套からスーツジャケット、セミタイトなスカートにハイヒールまで、
全部を深みのある漆黒でまとめ、
ジャケットの襟だけ差し色なのかやや明るい臙脂でアクセントとした
シックないでたちの赤毛の女傑とそれから、
「…人虎。」
「何だよ。」
容疑者の身柄は軍警に任せ、ひょいひょいと瓦礫の山から軽快に下りてきた少女へ、
黒獣が吊り下げていたもう一人の容疑者をほれと抛った黒外套の少女。
黒装束にいや映える、それは色白で怜悧なまでに端正な面差しをした彼女もまた、
連れのお姉さまと同じく
裏社会の雄、ポートマフィアに所属する上級構成員であり。
寡黙で無表情なところが禁忌的な香りのする美少女だが、
今も図体のあろう男を軽々吊り下げてきたように、
自在に操れる黒外套の獣を刃にし、
瞬時に何十人もの賊を刈り取れる恐ろしき殺人姫でもあり、
「殺してないでしょうね。」
「そのような下手は踏まぬ。」
冷然とした応対は、本来は敵対組織同士という間柄だから。
片やは軍警と協力して世の安寧を崩さんという輩を引っくくる武装探偵社の人員であり、
それへと歯向かい合うポートマフィアの面子が 肩組んで仲良くなんていられるはずもなく。
それ以上に、相手の力量が鼻に付くものか
隙あらば脾腹を衝いてやらんと窺っている節もある黒姫で、
敦嬢の方も油断して背を見せることだけは避けているものの、
「では。後始末はお任せするとしようか。」
「俺らも帰ぇるぞ? 報告書よろしくな。」
大騒動が落ち着いての後始末のみとなった現場に、彼らが居残るのも説明が要ること。
ことに、マフィアにまで助っ人を頼んだなんて、マスコミに嗅ぎつかれる前に居なくなるに限るとあって、
探偵社組が暇乞いを告げれば、マフィア側も辞去を宣す。
知らん顔同士で沈黙したまま、埃の舞う現場から遠ざかりつつあった二人と二人だが、
規制線として張られてあった立ち入り禁止のテープを何本かくぐり、
目撃者として話してきただけという素振りを取り繕ってか、
「あ〜あ、肩凝っちゃったねぇ。」
まずは太宰が敦の細い肩へと抱き着けば、
敦もまた朗らかに“緊張しましたねぇ”なんて言って口裏を合わせる。
野次馬がたかっていたところをくぐったそのまま、
婦人警官に誘なわれ、パトカーが数台と移送車が2台ほど詰め詰めに停まっているところに潜り込み、
微妙に家屋と接してたところへ抜けて、無人の食堂か何からしい店舗をくぐり抜ければ、
誰もいない路地に出る段取りのよさで。
この辺りでは桜はさすがに植わってはないものか、
それでも山ツツジや庭梅、木蓮が可憐に花を咲かせている庭々が望めて目に優しく。
そんな小道を進みつつ、やれやれとやっと緊張が解けた顔ぶれの中、
「ボクらが出張るほどの相手でしたか?」
白虎の姫がそんな声で問うたのは太宰へだったが、
「言うようになったものだな、人虎。」
「む〜、だってさ。」
芥川嬢のやや辛辣なお返事へ、ちょっぴり頬を膨らます。
でもでも、先程のような棘まではお互いに含んではおらずで、
ふふと笑った黒獣の姉人へ もうもうとやわく握った拳を振り上げる真似止まり。
そんな妹たちの様相へこそ微笑ましいと笑った太宰が、
「あいつらだけならただの爆弾魔だったけど、情報を得てた相手ってのが微妙でね。」
放置しとくわけにはいかなんだのだよ。むしろそっちを釣り出す方が重要な案件。
はい?
「面倒な輩だったからな。」
と、これは帽子の姉様が遣る瀬無いという溜息をつく。
「写真に写っている被写体が今何しているのかを探れるらしくてね。」
「…何ですか、そりゃあ。」
「ストーカー向きですね。」
「それで満足してりゃあいっそ助かるけれどね。」
どこの誰かを知らずとも、
パッと見た写真の被写体が今どこにいるかが判るとか物騒じゃないか。
それが政府の要人だったら? 極秘な行動が遠方に居ながら筒抜けだ。
暗殺部隊を送り込み放題だろう?と聞かされて、あっと理解した虎の少女の髪をポンポンと撫でてやり、
「まあ、当人はそういう使い道へは気づいてなかったらしいんだが。」
大それた仕儀すぎて、敦くん同様そんな使い道があるなんて知りもしなかったご当人は、
身元はごくごく普通の一般人でね。
なのでそんな大変な企みには無縁だったのを、試す格好で今回担ぎ出されたらしいのだが。
『対象に惚れて付きまといとか始めたら大変ですよね。』
敦や鏡花、賢治といった十代組には聞かせなかった、
探偵社主催、聴講来賓に中原姐という顔ぶれで極秘会議の中で取り沙汰されたのが、
政府機関が用心した重大案件となる異能要素の、ちょっと外れた傾向へ。
今も まずはとそっちが指摘されたよに、
年頃の被害者が出れば心的外傷を受けよう事態への、大人組による見解の刷り合わせが行われ。
そんな卑怯な手段で覗き見されてるだなんて、
なんてキモイ人って拒絶されるだけなのに、
君を知ってるよ判るんだよってわざわざ言いに行くのがよく判らない。
そこまで伝えはしなくとも、
的確に居場所を突き止めて接触する以上どこかで不審がられように…と。
蛇蝎なんてもんじゃあない、黒いGの共食いの現場を強制的に見せられてるような、
嫌悪のお顔になった大人の面々が罵ったものの、
『きっと発現したばかりなんで、そういう負の面まで気が回っていないのだろうさ。』
むしろ、そんな段階の異能によくも部外者が気付いたものだと、
巡り合わせの悪さへと乱歩さんや太宰が肩をすくめ、
「後日への用心も兼ねて、ちょいと荒療治だがお仕置きをしたのさ。」
会う必要はない相手だが、一応は容疑者の一人。
顔だけ確認しときなさいなと、
通り道にさりげなく停車されていたボックスカーへ数人の背広組が駆け寄るの、
遠目に見やるよう目線で指示され、
『AV男優さんたちの写真集を全ページ壁いっぱいに貼ってある部屋へ一晩放り込んだ。』
彼女いない歴が相当に長い奴だったらしくて、
放り込んだ途端に悲鳴上げてたよ、なにが見えたのかねぇ。
涙からよだれから唾から鼻水から、顔中垂れ流しにした目隠し状態の人物が、
少し離れたボックスカーから引きずり出されていて、
暗幕を張り巡らせた車内には引きちぎられた写真やカラーコピー紙が大量に散乱している。
発狂しかかってたのを落ち着かせんという目隠しらしかったが、
お神輿みたいに担がれて、救急車へ乗せられてった其奴を見送った敦ちゃん。
あれれぇと小首をかしげてから、
「どうかしたかい?」
太宰に朗らかに問われ、重大に構えることじゃあないよねぇと思ったか、
そのまま口に上らせての曰く、
「…あの、見覚えのある人だったんですが。」
「うん。敦ちゃんの記事と芥川くんの手配書も持ってた。」
だからこそ、私たちも気づいたのだし、そこから芋づるだったってのが実は正しい順番でと、
あっけらかんと言う姉様なものだから、
「ふわぁ、それって、あのあの。」
ひえ〜っとしょっぱそうなお顔になった虎の子ちゃんは、
だが具体的な被害が判ってないらしく。
ヤダ覗き見されたの? 変なところじゃなきゃいいけれどと、
どこか呆れたようにポカンとしているばかりであり。
ままそっちは
「敦、何か食べに行こうや。」
「え? あ、中也さんvv」
しなやかに腕伸ばし、すぐさま愛し子を掻い込んだ帽子のお姉様だったことへ、
日頃以上の寛大さを発揮し、ケアを任せるとしてバイバイと見送ることにする。
「いいよ、行っといで。
どうせなら財布をすってんてんにするほど喰い潰してお上げ。」
そんな景気の良いこと言って追い立てて、さて。
何と声を発さない、自分の愛しい子をと振り返れば、
こちらはさすがに虎のお嬢よりこなれているものか、
異能でとはいえ色々とプライベートを覗かれていたのかという方向での理解の下、
白皙な顔容をますますと白くして青ざめかかっており。
ただ…年齢相応の少女らしい生活にはまだまだ無縁な龍之介だというの、太宰もようよう知っている。
何を覗かれたところで寝てるか起きてるか、風呂も嫌いで滅多に入らぬし、
“そこは戒めないといかんのだが。” (笑)
気持ちの上でそうそう羞恥心に襲われて揺らぐよなことはないはずで…と思っておれば、
日頃の尊大さ凛々しさはどこへやら、どうかすると敦嬢より顕著に含羞んでいるのがちと意外。
いやまあ その方が、人としての成長を想えば重畳ではあるのですがねと、
軽く吐息をついた太宰のお姉さま。
「あ…。」
「まだまだ初心者で何の鍛錬も積んじゃあいなかったんで、
厳密にはほんの数分ほどしか持続して観られはしないらしいのだけれどね。」
あと、煌々と明るいところでないとさほど鮮明に覗くことは無理だとかで、
それもあって、本人たちへ会いに来ちゃったらしいんだけど。
「ウチの寮とか、キミのセーフハウス近辺とか、
どうやって逆探知したものか、根気も要ったろうに付きとめてたところはいっそ執念を感じたよ。」
まだまだ使いこなせてはなかった異能で得られた情報は、
たいそう微々たるものだったろにねぇと。
淡々と口にしながらも どこか双眸に生彩がない辺り、
そんな不埒なストーカー野郎、
絞めてやらんでどうするかというのが先に立ってた作戦行動だった、
元双黒の姐様二人だったと今知った。
しかも、
「そんな不埒な立場で、しかも二股なんて大それてるよね。」
「えっとぉ。」
しどもどと俯きかかる黒獣の姫なのへ、
ずいと近寄り…ぽそりと囁く。
「うん。白状させたから知ってるよ。キミ、私の包帯こっそりガメてたでしょう?」
「〜〜〜〜っ。/////////」
昔から続けていた様々な自殺未遂でこさえた古傷から、
今も性懲りもなくやらかすあれこれで負った怪我や痣、縄の跡などなどを隠すため、
首周りや腕などへと巻き付けられた大量の包帯は、さすがに風呂だ何だのたびに交換しており。
負傷している個所へのものじゃあない分は何度か洗って使い回しているものの、
くたびれてくる端から捨ててもいる。
縒りを戻した間柄、なのでお嬢さんチで交換したそれもあり、
そんな中からどれほどか、捨てないで持ってたことを暴露されたわけであり。
告げられた途端にかぁ〜〜〜っと真っ赤に熟れる頬がもうもう愛おしいと、
恥ずかしくてたまらない妹分をよそに、姉は姉でお顔がほころんでやまないらしく。
もうもう可愛いんだからぁ、そんなの本人の抜け殻じゃないの。
逢いたいなら連絡くれたら張り込み中でも跳んでくし。
そんなもの集めてるなんて、もしかしてオメガバース? 巣づくりしてるの?
こらこら、メタ発言は辞めなさい。
ねえねえねえと嬉しそうに訊きほじるお姉さまの押しの強さにたじろぎつつ、
「え、いや、あの…。//////////」
こっそり手掛けてた恥ずかしい所業が、
選りにも選ってご本人にばれてたなんてと真っ赤になってる禍狗姫で。
着替えや寝顔を覗かれるより、そんなことの方が恥ずかしいなんて、
そんな彼女だってことがまた嬉しくてならない、
揚げ雲雀より浮かれておいでの困ったお姉さまを、誰か叱ってやってください。(笑)
〜 Fine 〜 19.04.07.
*とある方から頂戴したネタだったんですが、
スリリングで深刻なお話にならなくてすいません。(う〜ん)
持ってきようで十分怖くて居たたまれない話になろうネタだったんですが、
どんな異能だろうそれ、何でもかんでも見えたら発狂しない?と色々余計なことを考えてるうちに、
何かこういう方向へずれてった、ロマンも減ったくれもない活劇おばさんですいませんです。

|